第2斤 食パン

もう今年も5カ月が過ぎようとしている。息子と交わした言葉は思い出せないくらいに少ない。自分が高校生のころを思い出せば気持ちは分からなくもないが、育ててやっているという気持ちと、この前渡した小遣いだって誰が稼いでいるんだという気持ちがフツフツとしてしまう。わかってはいるんだけどな。

 息子が小学生に入る前、よく手をつないでいろいろなところにいった。オレの友達とフットサルをして、居酒屋で食事してバスで帰る。ふと目を離すと息子は隣の席で目を閉じて眠っていた。楽しかったんだな。寝言で笑っている。ほろ酔いの俺はよくお前のほっぺを優しくつまんだな。

 妻が近くで食パンを買ってきた。厚めにカットしてもらったそのパンはモチモチでしっとりとしていて、そう、息子のほっぺを思い出させてくれた。焼きもせず、ちぎって食べてみるとバターの香りが部屋中に広がる。優しい香り。幼子の体に染みついたミルクの香りを思い出す。高校生になったあいつには、もうこの匂いはなくなってしまったのかな。

……

 昨日、妻に電話がかかってきた。知らないご婦人からだったそうだ。大きな荷物を持っていたご婦人は交差点で荷物を落としてしまった。通りかかった息子は荷物を拾い上げて、ご自宅まで一緒に運んだという。そのお礼の電話をいただいたのだ。電話に出たのが妻だったのでご婦人は驚いたようだが、高校生という言葉を聞いて妻が息子のことだとわかったようだ。

 何で妻の電話番号を伝えたかな。恥ずかしかったんだろうな……。リビングのソファで寝ている息子を見ながらそんなことを思う。ほっぺたを触ってみようか。ふと、昔を思い出す。起こしたら怒るだろうな。でも、触ってみたい。まだ、幼子の柔さが残る、そのほっぺたを。

※写真は「七七三食パン 330円」

七七三ベーカリー

※七七三ベーカーさんは2016年7月末で閉店いたしました

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