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ようこそ千歳船橋(チトフナ)へ

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2016年5月3日

 初めまして!
 チトフナの平和と安全を守る「ゆるヒーロー」、チトフナ大好き、チトフナマンです。

 今日は4月から新生活を送り始めて頑張っているキミたちにメッセージを用意したんだ。僕の大親友に野崎数馬という俳優がいるんだけど、知ってる? 知らないよね?うん、いいんだ別に。でも、読み終わったら「がんばろっかな」って少しでも思ってくれたらものすごくうれしいな。

 野崎くんはね、高校を卒業して、東京に出てきたんだって。ただ漠然と。

 もう20年以上も前の話。

 成人式の日。当時の彼女とデートしたらしいんだけど、成人の日って記念日だよね。スーツでバシッと決めてさ、後楽園遊園地に行ったら、たまたまヒーローショーをやっててね。「見よう!見よう」って盛り上がったんだって。

 子どものころ、野崎くんは戦隊ヒーローがものすごく好きだったんだよね。そんなことを思いながら観たらしい。

「全身トリハダ、というか雷が落ちたね」

 と野崎くんはそのときのことを語ってくれたよ。

「なにがスゴイって、とにかく子どもたちが真剣にヒーローを応援している純粋な瞳だよね。こっちが泣きそうになったよ、『俺がやりたいことはこれだ!』ってね。人生最大のターニングポイントですよ。
 それまでは毎日サラリーマン生活でただただ生きてただけだったからね。そのヒーローショーを観てから全く変わりましたね、生き方が。」

 野崎くんはヒーローショーの看板を見て、「ジャパン・アクション・クラブ(JAC)」という名前を見つけた。

「高校の時だったかな。テレビ番組でJACのドキュメントを見てね。厳しいトレーニングはもちろんだけど、極真空手の人とのスパーリングでボコボコにされてるんですよ。で、極めつけが岩から数十メートル下の海に飛び込むの、みんなが。それを見て『俺には無理だ……』って思ったね。だって、まず俺、泳げないし。

 あの、JACか・・・って思ったんだって。でも、その時は「入りたい!」の一心だから、帰ってすぐ、電話したらしいよ。ネットなんかないしさ、電話番号案内の104で調べて、電話して、「入れてください!」だって(笑)。ほんとに真っ直ぐだったんだね。

「JACに入るにはオーディションがあって、そのオーディションに合格したら、2年間養成員としてトレーニングを積んで、試験に合格すれば、そこでやっとメンバーになれますと。それを知ってから毎日仕事が終わって深夜にトレーニングだよ。公園で見様見まねでジャッキーチェーンのマネをしたり。高校の頃は男子新体操をやってたけど、2年間は会社員をやっていたから、オーディションまでに勘を取り戻そうと思って、公園でバク転の練習とかやったよ。警察官の職務質問も受けたな(笑)。だって深夜の公園でバク転でしょ、怪しいよね(笑)。

 で、オーディション。会場には受験する人がビッシリいてね。100人以上だったと思うよ。JACのオーディションだから強者ぞろい!って思ってたけど……いろんなヤツがいたよ。

 結果は……『養成所合格です』と。

 それで緊張して入所式に行ったら全員いたんだよ(笑)。えっ~~~~ 

 でもさ、地獄のレッスンが始まると毎週毎週どんどん減っていくんだよね。ものすごくツライから、みんなやめていく。1年目は夕方からで、殺陣、ダンス、お芝居。

 レッスンは厳しくてね。アクションの時におしゃべりしてたらさ、罰として腕立て伏せ。それも2時間ぶっ通し。でもさ、文句言えないの。何でって、コーチがさ一緒にやるんだもの。うちらは男女に分かれて交互にやるんだけど、コーチは男女関係なくずーーーーーとやってるの。やめたくてもやめるわけにはいかなかったよ、汗と涙の水たまりの上での腕立て伏せ。

 2年間の養成期間のがんばりがメンバーになれるかの査定になるんだけど、せっかく2年間やるんだから最後に自分たちで卒業公演やろうってことになってさ。俺が脚本を書いたんだよね。とにかくアクション、1時間動きっぱなしっていう無茶苦茶な脚本だったけど。千葉真一さんも見に来てくれたからうれしくて。アクションの本番中に歯を折るアクシデントがあったけど、血を流しながら最後までやったよ。

 今見たら「へったくそ」だよ。とにかく、熱意だけ。打ち上げのときに、千葉さんにね「大変へたくそな芝居と、大変すばらしい芝居を見させていただきました」って言われてね。みんなで号泣したな。

 次の日に集合をかけられてね。メンバーになれるかどうか。昨日の千葉さんの言葉もあったから、結構ワクワクしながら行ったわけですよ。そして幹部から言われたのが『明後日から3カ月、日光江戸村に行ってくれ』って。そのころさ、JACって日光江戸村に吸収されてね。先輩がどんどん派遣されてたわけさ。忍者の人手が足りないからって。要するに1日何ステージもやる江戸村の忍者ショーの忍者ですよ。ヒーローやアクション俳優になるためにがんばってきたのに、正直忍者って……って思いがあったからね。ウワサで一回行かされたら帰ってこられないって聞いていたから、幹部に『3カ月だけ!』って約束してもらったのよ。で、結局、東京に帰ってきたのは……。

2年後(笑)。

 2年間の地道なトレーニングで体と精神を鍛えられ、2年間の忍者ショーでパフォーマーとしてのスキルを鍛えられました。この4年間があったからこそ今がある。何が言いたいかって? 要するに、若いうちは苦労したほうがいいってことだね。言っていることがおじさんだけど。この意味がわかるときが必ず来ます!」って野崎数馬くんがいってました。

 新しい生活、つらい事、いっぱいあるだろうけれど、そうゆうときは野崎くんの話やチトフナマンの笑顔を思い出して、がんばってくれたまえ! またどかで会おう!最後まで読んでくれてありがトゥ~~~!

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第5話 参商会

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2016年4月30日

トォ~ウ
早寝! 早起き! 朝ごはん!
みんな、寒さなんかに負けないで元気にしてるかな?

 チトフナマンは千歳船橋を元気いっぱいの笑顔とあいさつで包み込むために今日もパトロール! 稲荷森稲荷神社を訪れたとき、千歳船橋参商会振興組合の安藤理事長を発見♪ 笑顔が素敵な安藤さんと、早速チトフナト~ク! 安藤さんはどんな子どもだったのか聞いてみたぞ。

「生まれも育ちも千歳船橋なんです。勉強が好きじゃなくって。母親に通信簿をベリベリ!って破かれたこともありました(笑)」と安藤さん。ドラえもんでいうとジャイアンタイプだったという彼はとにかく遊んだんだとか。希望ケ丘団地ができた時はエレベーターに乗りに頻繁に訪れたり(希望ヶ丘団地は建設当時、東京初の 階建ての超高層マンション。周辺に住む子どもたちはエレベーターに乗って最上階からの景色に興奮したんだとか)、砧緑地の奥にあった小川や沼で遊んだり。よくザリガニ捕りに行ったり。ちょっと昔は(※安藤さんは40代後半です)まだまだこのあたりも自然豊かだったんだね~。

 安藤さんは生まれも育ちも千歳船橋。もうなくなってしまったそうだが、生まれたのだって駅近くにあった大和産婦人科だというし。ちとふなの町が変わっていく姿も目の当たりにしてきたんだろうな。ちょっと聞いてみると……。

「小田急線も高架になったし、舗装されてない道路はなくなったしね。生まれたときには商店街は今と同じようにあったんだけど、人がものすごく多かったという印象があるね」

 昔と比べて、商店街も地元の人が営んでいるお店が減っているのを感じるという安藤さん。地元で生活している人ではなく、他の場所からこの街で商売する人も多いんだとか。「商店街に入りませんか?」とあいさつに行くと、お店によっては「商店街に入る意味ってあるの?」って聞かれることもあるそう。でも、安藤さんは「商店街に入ることが魅力的になるかは自分たちにかかっているんだよ」と時代に合う商店街のかたちを模索しているみたい。祖師ヶ谷大蔵のように商店街の連合組合を作って今よりもっと大きなことをやりたいと思うこともありますよ、と話してくれたぞ。
 祖師ヶ谷大蔵は3つの商店街が「ウルトラマン商店街」としてまとまっているんだよね。大きな商店街としてまとまれば、今までできなかったこともできるし、ほかの地域にもアピールできる。そうすると商店街を訪れるお客さんも増えて、商店街に入ることがもっともっと魅力的になるかもしれないね。

 
 ところで祖師谷はウルトラマン商店街っていうんだ。ん? ウルトラマン?と、ということは千歳船橋で大きな商店街になるときの名前は……もしかすると、チ、チトフナマン? ん? もしかして、チトフナマン商店街なんてできたりするのかなぁ? 今晩は興奮して眠れなくなりそうだ(笑)。またどこかで会おう! 読んでくれて、ありがトォ~ウ

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