岩田屋豆腐店 60年の歴史に幕を下ろす

夏休み前のときめきだろうな。

岩田屋豆腐店のご主人の気持ちを察して、こんなことを想いました。あくまでも想像ではございますが。

祖師ヶ谷大蔵にある豆腐店、「岩田屋豆腐店」が2021年3月31日に閉店しました。理由は建物の老朽化。建物を立て直すにあたり豆腐店をやめる決断をしたそうです。60年続いた豆腐店でご主人は80歳越え。終わりが見えてきたころにはご主人は毎日ニコニコとしていたとは近所の方々の話。そりゃ、そうかもしれないですよね。待ちわびた夏休みがやってくるようなワクワクとした気持ちに包まれていたのかもしれない。豆腐店の朝は早い。起床3時ごろ。夜更かしはできないだろうし、深酒なんて何十年もやってないかもしれない。もしかしたらそんな日はいままで一度も訪れなかったかもしれない。

想いを寄せていた女性に振られてしまった夜。お酒ですべてを忘れたいと思ったかもしれない。明日の仕込みが待っている。でも、一升瓶に手をかける。いやいや、これを飲んでしまったら明日は大変なことになる。でも。。。。と瓶を握る手に力を入れる。そこでふと、彼女の言葉を思い出すわけですよ。「●●ちゃんが作るお豆腐を食べないと一日が始まらないんだよね」、そんな言葉。笑顔とともに。思い出すだけで心が温まる言葉が、瓶から手を離させた。「二日酔いで豆腐を作るわけにはいかないし、その子が買いに来るかもしれないしな」と誰に聞かせるわけでもなく、少し大きな声でいいながら、豆腐作りに使う道具を磨き始める、そんな夜。

それから何十年がたち、最後の夜を迎えるわけです。夜更かしできない最後の夜。明日は最後の豆腐作りか。そんな独り言が天井に向かって広がっていきます。朝。なんだか調子がいい。今までにないくらいに心地よく仕事を進めていきます。今日の豆腐はものすごいものができるかもしれない。神様が最後にご褒美をくれるのかもしれない。仕上がりの表面はキラキラとしている。それはそれはおいしいだろう。1丁食べてみる。

ん?

なんか想像したのと違う。あの配合が間違ったか?いや、大丈夫、いつも通りだ。あれか?いや違うな。あのタイミングか。ちょっと早かったか。そうか、そうだな。明日はもう少し遅くしてみるか。

あっ、明日は、もうないんだった。もうないのか、あしたは。

ということがあったかもしれない。

もうちょっと話は続きます。こちらも勝手なことではありますが、自分がご主人だったらまず翌日は何をするかなーと思いました。まずは夜更かし、そしてお寝坊と思いますか? いえ、たぶん違いますね。そんなのはもう10年ほど前に「臨時休業」の張り紙をシャッターに張り付けて、遊び惚けたことぐらいあるわ!といわれそうです。そのときはあれもこれもやろうと欲張って、クラブっていう踊る場所に繰り出して、徹夜で遊んで、さぁ、寝るぞ!と帰ってきたのに眠れず。結局朝早く張り紙を外して豆腐を作ったっけ、というエピソードもあったりしてね。

自分だったら、同じ時間に起きて、自分のためだけに豆腐を作り、それで朝食を作るかな。真っ白な絹豆腐をお皿に乗せて、朝日を浴びながら豆腐を箸で崩して食べる。少しだけ粗塩を振って食べるとかではなくて、醤油をじょぼじょぼとかけて、薬味をどっさりとかけて。もう豆腐の味なんてしないんじゃないの?というぐらいに脇役をたっぷりと携えて口に放り込む。食後は散歩。いつもはお店だから朝の商店街がどんなかなんてわからない。周りに開いているお店があるのかとかね。カフェがやってるんだ。入ってみよう。モーニングね。なかなかうまいじゃないか、なんて初めて訪れる町を歩くような楽しい時間。帰ってきたら昼まで寝ようか。そして、だんだんとやることが見つからなくなって、暇になってね。趣味でも始めようかってことになるんですよ。

え?豆腐?豆腐作りは上手だけど、もう飽きちゃったな。何にしようか。コーヒーの焙煎かな?難しそうだな。なんだろうな。麻婆豆腐専門店?いやいや、豆腐はいいよ、もう飽きたし。じゃぁ何やるかね?釣り?ランニング?うーん、登山とか?

って軽い気持ちで始めた登山なんですけどね。こんな楽しい世界があるなんて思いもしませんでしたよ。ええ。なんかね、不思議なご縁があって。ええ。豆腐をね、作っているんですって。はい、その代表の佐藤さん(仮名)は。ええ、1年なんてあっという間で。来週にはチベット入りです。無呼吸はさすがに危険なので、酸素を吸入する予定です。ええ、頂上から見る世界が楽しみで。何せ世界で一番高い場所です。青空というよりも宇宙が近いので、紫に近いっていいますよ。神秘的ですよね。帰ったら何をしたいか?そうですね。まずはお味噌汁を飲んで落ち着きたいですね。具?もちろん、豆腐ですよ。ってそんなことはいいません。一番好きな具はなめこなんです。赤だしでなめこをすすって「あちち」なんていいながらね。

ってエベレスト登頂を目指すことになるかもしれない。昔はね、豆腐を作ってました。へぇー、豆腐をね。なんてインタビューの模様がテレビで流れるかもしれない。

60年。お疲れ様でした。少し前に食べたお豆腐、とってもおいしかったです。もう二度と食べられないのは残念ですが、おいしかったことを覚えています。これからの人生、大いに楽しんでください。エベレスト登頂のご報告、お待ちしております。

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