パン屋 サリュー!!

 正直、パンの世界にまったく興味がなかったんですって。高校でパンを作る実習があり、とても楽しそうに作る先生と出会いました。先生の姿を見ていると、サリュー!!の店主、末次さんの心が動いたのです。「パン作りって楽しいの? そうなの?」って。

定時前でも終わったら帰っていいぞ、で動いた気持ち

 先生の推薦もあり、末次さんはポンパドールというパン屋さんに就職。朝から夜遅くまでパン作りに没頭して、寝ても起きてもパンのこと……、というわけにいかないのが人生。末次さんが配属されたのは「ドーナツの製造」でした。そう、またパン作りすら始まっておりません。

 「最初、悔しかったんです、とても」と末次さんは当時を振り返ります。悔しかったという言葉を聞いて、始めからパンを作れなかったからかなと思ったらそうではない。「先輩のように作れないことがもどかしくって」悔しかったと。

 末次さんの悔しさは職場にムンムンと漂っていたのでしょう。先輩は「仕事が終わったら、定時前でも帰っていいぞ」といったんです。ハッパをかけたのでしょう。末次さんはものすごく努力しました。それである日、仕事が終わったんです、定時前に。

「そりゃ、気持ちよかったですよ。『終わったので帰ります』と胸を張って帰りました」。

 帰って何をしたのですか?と聞いてみたら、「何をしたのか全く覚えてない。とにかく早く帰れた、やった!という記憶しかなくって」とのこと。祝杯を上げたなら、その味を伺いたいなと思ったのに(そういえば、当時、末次さんは未成年。お酒は飲めませんでしたね。)、何をしたのかすら覚えてない。とにかくうれしかったんですね。

 末次さんが違うのはここからなんです。翌日から自分の仕事が終わったあとに、ほかの仕事を覚え始めました。それもほかの部署の。そして、初めてパン作りと出会う。

ノープランからのフランス行き

 それから10年。社内でも責任があるポジションに就いていた末次さんは会社を出ることを決意します。辞めた後は何をするか、まったくもって決めていませんでした。とりあえず出てから考えようと、ノープランで動く。ここが好きなところだなぁ、末次さんの。

 「せっかくだから」とパンの本場、フランス・パリに行ってみようと彼はパリ行きを決めます。決めちゃうんです。でも、フランス語がほとんどわからない。数だって3までしか数えられない。それで地元のフランス語講座に通い始めました。登りながら梯子を作っていく彼の生き方がとても自然体でいいんです。男性的といえば男性的ですが、気持ちいいほどに、人生のかじ取りを感性にゆだね、気持ちいいほどにそのときに足りないことを補っていく。その姿勢は今、お店に並んでいるパンを見るとにじみ出ているような気がします。

帰国してから自分の店を持つまでの足跡

 働き方や製造方法を学んだパリ、帰国後は店の経営や販売を三茶のパン屋で学ぶ。少しずつ、着実に自分の店を持つことへ向かっていく。そして2014年、上用賀にサリュー!!を出しました。

 柔軟な発想で、しっかりと進んでいく末次さん。それはパン作りにもつながっている。サリュー!にあるパンは面白いけれど、おいしい。挑戦的なパン。たとえば三軒茶屋にある乾物屋「あだち商店」の乾物カレー(ひじき、ひよこ豆、切り干し大根などが入ったカレー)を挟んだパンだったり、ホウレンソウを子どもに食べてもらいたいと葉のまま生地に練りこんだホウレンソウのバターロールを作ったり。
「ほかにないパンを作るのが面白いんです。和の食材を使ったハード系だったり、季節の野菜を使ったパンだったり」。伺ってみるとこの3年間で500~600種類くらいは作っているんだとか。平均すれば1カ月に15種以上は作っていることに。次から次へと出てくるアイデアの数がものすごいですよね。
 すでに定番となっているサリュー!!オリジナルのパンはいくつかありますが、もしかすると世界中のパン好きの度肝を抜くような、今までにないパンが生まれるかもしれない。そんなワクワクした気持ちに包まれました。ほら、今日も新しいパンが生み出されているかもしれない。パンに使わなかった食材を末次さんの斬新なアイデアで練りこんだ、世界でもサリュー!!でしか食べることのできない素敵なパンが。

パン屋 サリュー!!
https://www.instagram.com/panya_salut/

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