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ようこそ千歳船橋(チトフナ)へ

 初めまして!
 チトフナの平和と安全を守る「ゆるヒーロー」、チトフナ大好き、チトフナマンです。

 今日は4月から新生活を送り始めて頑張っているキミたちにメッセージを用意したんだ。僕の大親友に野崎数馬という俳優がいるんだけど、知ってる? 知らないよね?うん、いいんだ別に。でも、読み終わったら「がんばろっかな」って少しでも思ってくれたらものすごくうれしいな。

 野崎くんはね、高校を卒業して、東京に出てきたんだって。ただ漠然と。

 もう20年以上も前の話。

 成人式の日。当時の彼女とデートしたらしいんだけど、成人の日って記念日だよね。スーツでバシッと決めてさ、後楽園遊園地に行ったら、たまたまヒーローショーをやっててね。「見よう!見よう」って盛り上がったんだって。

 子どものころ、野崎くんは戦隊ヒーローがものすごく好きだったんだよね。そんなことを思いながら観たらしい。

「全身トリハダ、というか雷が落ちたね」

 と野崎くんはそのときのことを語ってくれたよ。

「なにがスゴイって、とにかく子どもたちが真剣にヒーローを応援している純粋な瞳だよね。こっちが泣きそうになったよ、『俺がやりたいことはこれだ!』ってね。人生最大のターニングポイントですよ。
 それまでは毎日サラリーマン生活でただただ生きてただけだったからね。そのヒーローショーを観てから全く変わりましたね、生き方が。」

 野崎くんはヒーローショーの看板を見て、「ジャパン・アクション・クラブ(JAC)」という名前を見つけた。

「高校の時だったかな。テレビ番組でJACのドキュメントを見てね。厳しいトレーニングはもちろんだけど、極真空手の人とのスパーリングでボコボコにされてるんですよ。で、極めつけが岩から数十メートル下の海に飛び込むの、みんなが。それを見て『俺には無理だ……』って思ったね。だって、まず俺、泳げないし。

 あの、JACか・・・って思ったんだって。でも、その時は「入りたい!」の一心だから、帰ってすぐ、電話したらしいよ。ネットなんかないしさ、電話番号案内の104で調べて、電話して、「入れてください!」だって(笑)。ほんとに真っ直ぐだったんだね。

「JACに入るにはオーディションがあって、そのオーディションに合格したら、2年間養成員としてトレーニングを積んで、試験に合格すれば、そこでやっとメンバーになれますと。それを知ってから毎日仕事が終わって深夜にトレーニングだよ。公園で見様見まねでジャッキーチェーンのマネをしたり。高校の頃は男子新体操をやってたけど、2年間は会社員をやっていたから、オーディションまでに勘を取り戻そうと思って、公園でバク転の練習とかやったよ。警察官の職務質問も受けたな(笑)。だって深夜の公園でバク転でしょ、怪しいよね(笑)。

 で、オーディション。会場には受験する人がビッシリいてね。100人以上だったと思うよ。JACのオーディションだから強者ぞろい!って思ってたけど……いろんなヤツがいたよ。

 結果は……『養成所合格です』と。

 それで緊張して入所式に行ったら全員いたんだよ(笑)。えっ~~~~ 

 でもさ、地獄のレッスンが始まると毎週毎週どんどん減っていくんだよね。ものすごくツライから、みんなやめていく。1年目は夕方からで、殺陣、ダンス、お芝居。

 レッスンは厳しくてね。アクションの時におしゃべりしてたらさ、罰として腕立て伏せ。それも2時間ぶっ通し。でもさ、文句言えないの。何でって、コーチがさ一緒にやるんだもの。うちらは男女に分かれて交互にやるんだけど、コーチは男女関係なくずーーーーーとやってるの。やめたくてもやめるわけにはいかなかったよ、汗と涙の水たまりの上での腕立て伏せ。

 2年間の養成期間のがんばりがメンバーになれるかの査定になるんだけど、せっかく2年間やるんだから最後に自分たちで卒業公演やろうってことになってさ。俺が脚本を書いたんだよね。とにかくアクション、1時間動きっぱなしっていう無茶苦茶な脚本だったけど。千葉真一さんも見に来てくれたからうれしくて。アクションの本番中に歯を折るアクシデントがあったけど、血を流しながら最後までやったよ。

 今見たら「へったくそ」だよ。とにかく、熱意だけ。打ち上げのときに、千葉さんにね「大変へたくそな芝居と、大変すばらしい芝居を見させていただきました」って言われてね。みんなで号泣したな。

 次の日に集合をかけられてね。メンバーになれるかどうか。昨日の千葉さんの言葉もあったから、結構ワクワクしながら行ったわけですよ。そして幹部から言われたのが『明後日から3カ月、日光江戸村に行ってくれ』って。そのころさ、JACって日光江戸村に吸収されてね。先輩がどんどん派遣されてたわけさ。忍者の人手が足りないからって。要するに1日何ステージもやる江戸村の忍者ショーの忍者ですよ。ヒーローやアクション俳優になるためにがんばってきたのに、正直忍者って……って思いがあったからね。ウワサで一回行かされたら帰ってこられないって聞いていたから、幹部に『3カ月だけ!』って約束してもらったのよ。で、結局、東京に帰ってきたのは……。

2年後(笑)。

 2年間の地道なトレーニングで体と精神を鍛えられ、2年間の忍者ショーでパフォーマーとしてのスキルを鍛えられました。この4年間があったからこそ今がある。何が言いたいかって? 要するに、若いうちは苦労したほうがいいってことだね。言っていることがおじさんだけど。この意味がわかるときが必ず来ます!」って野崎数馬くんがいってました。

 新しい生活、つらい事、いっぱいあるだろうけれど、そうゆうときは野崎くんの話やチトフナマンの笑顔を思い出して、がんばってくれたまえ! またどかで会おう!最後まで読んでくれてありがトゥ~~~!

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